ダムが災害を引き起こす
  30年前に警告されていた大滝ダムの地すべり


奈良の大滝ダムで昨年、試験湛水直後に地すべりが発生した。国土交通省は貯水との因果関係を認めたが、すでに30年前に事態を予想した報告書が出ていた。同じケースの浅川ダム(長野)の中止に取り組んだ筆者が報告する。

昨年夏、国土交通省が直轄で建設した大滝ダム(奈良県川上村、吉野川)で、貯水をはじめたとたんに地すべりが発生し、37戸77人の住民を仮設住宅へ集団移住させた、というニュースがとびこんできた。私は反射的に。私自身が建設中止にかかわった長野県の浅川ダムと同じではないかと感じた。

浅川ダムは長野市の善光寺の北約4キロメートル。洪水調節を主目的とする都市接近型の多目的ダムで、地すべり地の密集と脆弱劣悪な地質という立地条件を抱え、ダム建設によって地すべり・土石流などの土砂災害を誘発する危険性をもっていた(本誌16号、63号などで既報)。

2000 年10月に当選した田中康夫・長野県知事は就任の約1ヶ月後の現地初視察で、「このダム計画をつづけることは将来に禍根をのこす」と一時中止を表明。その後「脱ダム宣言」と、治水・利水等検討委員会(委員長宮地良彦・信州大学名誉教授)の答申を経て、2002年6月に浅川ダムの中止を決定している。


  浅川ダムとウリ二つ


大滝ダムで地すべり発生の第1報を聞いたときから現地調査をしたいという思いを抱いていたが、このほどやっと実現した。紀ノ川上流の吉野川流域に足を踏み入れると、水抜きをしてカラになっているダム湖とコンクリートも真新しい大滝ダムがまず目に入ってくる。いったん貯水量の5割ほど水を貯めたため、その水位までの草木は枯れて茶褐色に変わっている。水没したはずの旧国道169号や橋が姿を現していて、異様な光景である。

大滝ダムは昨年3月、試験湛水で水を貯めはじめたところ、貯水池に接している右岸の白屋地区で道路に亀裂が発生。この地すべり性変状は、2〜3ヶ月で白屋地区の緩斜面全域へ広がり、居住不能で集団移住になったというのだ。

国交省は急遽、「大滝ダム白屋地区亀裂現象対策検討委員会」(委員長渡正亮・(社)日本地すべり学会顧問・元会長)を設置して発生原因の調査解析にあたり、昨年8月1日、「ダムの湛水によって地すべり現象が発生していたと判断される」とダム貯水と地すべり発生との因果関係を認めた。

また10 月9日、白屋地区住民の要求に基づき「全戸永住移転」の方針を決定し、その直後にダム湖の水抜き(貯水位降下)を終えている。浅川ダムの場合、ダム地点から上流へ約400メートル、貯水池に接する両岸には2つの地すべり地があり、右岸の7ヘクタールは地すべり等防止法で定める指定地の「地すべり防止区域」となっている。

一方の大滝ダム。ダム地点から上流約4キロメートルの右岸の台地に白屋地区(3月末の人口89人)、左岸に人知地区(人口47人)と2つの集落がある。どちらも明らかに地すべり地形である。

奈良県土木部の1986年度調査によると、法律に定められた地すべり指定地前段の「地すべり危険箇所」に両地区を設定しているというが、設定した年月などの詳細ははっきりしない。

地すべりは水(地下水)を直接の誘因として発生する。浅川ダムと大滝ダムは、@貯水池の両岸に2つの地すべり地があること、Aダムの貯水によって地すべり地の脚部(末端部)を水没させて地山へ水を供給する形になること、B双方の地形条件、などの点でウリ二つといってもよいほど酷似している。地質条件は違うが……。

さらに吉野川は、年間降水量4000ミリを超え、日本一の雨量を持つ大台ケ原山を源流とし、両岸を深く刻みこみ、V字状に切り立つ谷地形のまま川上村の中心部を横断し、蛇行しながら北西へ流れる急流だ。

両岸のところどころの緩斜面に集落がある。河床からの高度は約100メートル以上で、川に面している谷斜面は40〜60度の傾斜をもつ急崖。地すべり現象が発生した白屋地区は、この崖の上の緩斜面上に位置する古くからの集落である。

大滝ダム計画は59年9月の伊勢湾台風をきっかけに浮上。翌60年の予備調査から完成までに40年あまりの歳月を費やしている。ダムの計画規模は、高さ 100メートルの重力式コンクリートダム、総貯水容量8400万平方メートル、現在の総事業費約3480億円。洪水調節のほか、水道用水・工業用水・発電も含む多目的ダムである。

この総事業費は、72年4月当時の230億円から5回の基本計画変更を経て約15倍強まで増額された。全国的にもこれほど増えた例はない。亀裂の発生後は、地すべり対策を主にさらに270億円が増額され、完成年度(運用開始)を2009年度末まで7年先送りとしている。


  「浅い地すべり」といいつづけた建設省


大滝ダムの場合、地すべりと関連して2つの事実を注視する必要がある。第一は、ちょうど30年前の74年時点で、はっきり白屋地区の地すべり発生を警告している報告書があったという事実である。

かねてから地すべりについて不安を抱いていた白屋地区の住民は、吉岡金市・金沢経済大学元学長と和田一雄・同大学助教授に大滝ダム計画と地すべりに関する調査を依頼した。74年5月の報告書はいう。

「…… 調査の結果出てきた結論は、大滝ダムの建設によって白屋地区の地すべりは拡大され、それを防止する方法はないので、その対策としては水没者と同じように、他の安全なところに移転するより外ないということである。この結論はダム建設者にとっても、白屋地区の地元住民にとってもまことに非情な結論であるが……」

驚くほどピタリと今日の事態を予測している。しかも、奈良県や建設省(当時)の行政側の調査報告書よりも一足先に発表されていたのだ。

第二は、白屋地区の住民によってダム計画の当初から地すべり発生の不安が指摘され、反対運動へむすびつき、78年11月の時点で「61戸全戸移住」の要求までだされていたという事実である。しかし建設省は水没者への補償のみにこだわり、住民の要求には応じなかった。白屋区長の井阪勘四郎さん(75)は行政への不信と憤りをこめていう。

「ダム計画ができたころから地すべりの危険性をいいつづけてきた。が、当時の建設省は住民の意見をきこうとはせず、ダム建設一筋。委員会の専門家の人たちも『浅い地すべりだ。防止策をするから安全だ』というだけだった。結果として私たちの意見が正しかったことが証明された。当面は全戸永住移転と生活再建の見通しをたてなければ……」

大滝ダム建設と関連する「白屋・人知地区の地すべり」について、行政が設置した委員会は何冊かの調査報告書をまとめている。奈良県のダム地質調査委員会(委員長佐々木憲三・京都大学名誉教授、地すべり学会元会長。以下、県委員会)は78年10月の「ダム地質調査報告書」で、白屋地区については「深さ70メートルまで風化した粘土が認められる……地すべりの深さは風化岩盤内まで考えた場合平均15メートル、最大25メートル」だとしている。発生するとしても「浅い地すべり」というわけだ。

県委員会の76年4月の中間報告書は、白屋で掘った80メートルの試掘黄杭(地質調査用小トンネル)で3本の断層を確認した、と書いているが、最終報告書ではこの断層について一言も触れていない。

建設省の大滝ダム地すべり対策委員会(委員長谷口敏雄・大阪工業大学教授、地すべり学会元会長)81年3月にまとめた「地すべり対策報告書」は、県委員会報告書の「白屋地区は浅い地すべり」という前提に立ち、鋼管杭など深さ25〜30メートルの抑止対策を提案している。

昨年の亀裂発生後に判明した「最大深さ約70メートルのすべり面」から考えると、文字どおりヌカに釘の地すべり対策であった。しかも委員5人のうち、県委員会と同じメンバーが3人も入っている。

本来ならば安易にダムや貯水池を計画・建設してはならない地点をダムサイトにえらびだして、地質・断層・地すべりなどダム計画の基本条件に関する調査も不充分なまま、ダム建設事業のみを先行させてしまったことの矛盾を露呈しているダム、それが大滝ダムであろう。


  ふたたび貯水できるのか?


国交省はいま、設計コンサルタント等25社から技術提案の提出をもとめ、地すべり防止対策の組みあげに取り組んでいる。

大滝ダムの白屋地区で発生しつつある地滑りの規模や深さ、さらに広い範囲におよんでいるゆるみ域(クリープ性ゆるみゾーン)の成因未解明などの条件から考えると、ひょっとするとふたたび水を貯めることができないという最悪のケースすらあり得るだろう、と思えてくる。

となると、完成したばかりの大滝ダムは、ダム機能を喪失して廃墟と化すことになるかもしれない。

貯水量5000万立方メートル以上のダムのなかで、日本で1、2を争うほど建設コストが高い大滝ダム。現在の事業費3480億円(まだふえるだろう)ですら、貯水量1立方メートル当たりの事業費は4143円で歴代2位である。押さえ盛土対策(地すべりの末端部に土砂を盛る地すべり対策)をすると、貯水量は減らざるを得なくなる。

このダムは巨額の公金、つまり税金を浪費した公共事業の象徴となり果てる可能性を秘めているのではないだろうか。

この事態を招いてしまった責任はどこにあるのだろう。究極的には、事業計画に予算付けをし、調査不足のままそれいけどんどん方式で建設一途の道を走らせてきた、過去約30年間の建設省と国土交通省の大臣・事務次官・河川局長等であろう。

が、政治家は責任から逃げる。官僚もまた、行政の過失責任(瑕疵)が裁判の判決で明らかになったときでも責任をとらない人たちである。

忘れてならないのは側面的な協力者の存在である。事業当事者の国の行政に対して権威付けをし、事業計画の実施具体化を下支えしてきた学者、専門家たちの責任である。政官財の3大権力と第4権力の報道に続き、第5の権力ともいわれる「学の責任」である。

具体的にいえば、地すべり学会の会長・副会長を務めてきた大学教授や建設省・国交省の土木研究所(現在は独立行政法人)の専門家たちである。大滝ダム関連のいくつかの委員会は、ほとんどすべて地すべり学会と土研の委員で構成されている。

地すべりに関しては、日本の最高権威と目されている人たちである。(了)