裁判要旨(骨子)

1 原判決主文第1,2項は相当であって、これに関する控訴を棄却すべきであり、同第3,4項は基本的に相当であるところ、一部相当でない点があるので、その点を変更し、同第5項は、控訴人目録3の控訴人溝上君江の夫の溝上捨吉、控訴人野田清司及び同野田哲夫宛の異議についての各決定の取消しを求める同控訴人らの請求は理由があるから、同各決定を取り消す。

2 すなわち、本件事業計画決定には、決定の時点で、ダムの規模を誤って設計した重大な瑕疵がある。この瑕疵は、ダムの貯水容量を算定し、また、ダムの規模を設計するために被控訴人側が定めた通達等所定の地形調査の一部やボーリング調査等の地下地質調査の一部を実施せず、事業計画の決定の際に把握すべきであった建設予定地の地形や地質が正確に把握されなかったことにより生じたものである。そのため、少なくとも、通達による投資効率の算定値基準を充足しない可能性が生じる結果となり、結局、経済性の要件についての適正な審査がされずに、その点が看過されたまま本件決定がされたというべきである。その点が看過されると、国や地方自治体の多額の公金を含む多額の費用の投入が予定されている大規模な国営の土地改良事業である本件事業について、法及び令が国民経済的な観点から規定した経済性の基本的な用件が無意味になってしまいかねないというべきである。

3 そして、土地改良法は、本件事業計画の決定が専門的知識を有する技術者の調査・報告に基づいてされなければならないとしているところ、本件事業についての調査・報告は、上記の諸点に基づく瑕疵について調査された形跡がなく、またその旨の報告もなく、不十分であり、土地改良法の趣旨に反するものといわざるを得ず、本件決定は、実質的に専門的知識を有する技術者の調査・報告に基づいたものともいえない。

4 このように、本件事業計画の決定には、極めて重大な瑕疵があり、それは適正手続に反するもので、その決定が専門的知識を有する技術者の調査や報告に基づかなければならないものと定めた土地改良法の趣旨に反し、いずれの観点からも違法であって、本件事業計画の決定は取消しを免れず、控訴人目録3の各控訴人の関係で異議申し立てについての上記の各決定は、取消しを免れない。


永源寺第二ダム訴訟・概説

鈴鹿山系から流れ出す愛知川沿いの扇状地は、近江米の生産地として知られる。
しかし、愛知川の伏流は激しく、湖東平野の各所にゆう出。冷水障害を引き起こすなど農業用水としては適さず、水源確保に苦しんできた。
このため、永源寺町相谷に「永源寺ダム」(総貯水量二千二百七十万トン)を設置。
一九七三年から同町や八日市市など愛知川流域の一市八町(約七千五百ヘクタール)に送水を始めた。
しかし、水稲の品種改良でかんがい期が長くなるなど農業形態が年々変化。
ダムから毎日送水できず、水不足解消の決定打とはならなかった。

農水省は九四年一月、土地改良法に基づき「第二ダム」を含む新たな土地改良事業を計画決定。
永源寺ダムの上流約十二キロの愛知川支流・茶屋川に建設して流域に送水し、九つの調整池も各所につくる計画。
総貯水量二千五百七十万トンで、総事業費は四百七十六億円とされた。
土地改良事業は地元からの申請事業で、受益農家が負担金を支払う。

これに対し、地元住民ら五十二人が「減反で水需要は増えず、水不足は起きていない」「自然破壊も深刻。環境アセスメントも行われず、地元の同意がない」と反対、同年十月に提訴した。

「第二ダムが必要なほど水需要が増しているか」が最大の焦点だ。
その後、住民らの主張通り農地転用が増加。
二〇〇〇年度末現在の第二ダムの受益面積は計画当初より4・7%マイナスの七千百五十ヘクタールに減少、土地改良法による事業計画変更の要件(増減率5%)に近づいた。
また、ダム本体は未着工なのに、すでに総事業費の三分の一にあたる百四十六億円を消化。
総事業費の増加が確実視される。

これらを受け、近畿農政局の国営事業再評価第三者委員会は今年八月、環境との調和に配慮し、ダム建設の代替案を含め事業計画を見直すよう答申。
一方、近畿農政局は同月末、「事業推進」の方針は変えないが、計画の見直しを含め、一年かけて総合的に検討する方針を示した。
計画に賛成する愛知川沿岸土地改良区の西村長平・副理事長(71)は「今も年間三千―五千トンの水が足りず、今年も三日に一日しか流せなかった。
水の安定供給は、農業を後継するためにも必要で悲願」と主張。
改良区の組合員(約九千六百人)の約九割が同意を示した経緯もあり、「無駄な八年間だった。一時の風潮で『ダムは罪悪』と片づけないでほしい」と訴える。

これに対し、反対する「もういらない永源寺第二ダム住民会議」の野田清司・事務局長(56)は「ばく大な費用をかけて建設する割に効果はなく、豊かな自然も壊す。
長い時間だったが、多くの人に『無駄な事業』だと認識してもらえたと思う。勝訴を確信している」と意気込む。

2005年(H17年)12月8日、大阪高裁で、若林裁判長は「計画の決定には重大な瑕疵があり、取消は免れない」として、住民側の請求を棄却した一審判決を変更、住民勝訴の判決を言い渡した。

提訴から十三年、ダムは白紙に戻った。

十一日、最高裁が国の上告を退けた滋賀県東近江市の永源寺第二ダムをめぐる訴訟。

「古里の自然を守りたい」。反対を訴え続けた原告団。
裁判が長期にわたり、当初の団長はこの日を待たずに亡くなった。
遺志を継いだ団長が笑顔を見せる。「結果が出るまで長かったが、良かった」。
一方、滋賀県の担当者は「今後の対応は、国と関係自治体で協議したい」と厳しい表情を見せた。

「待ちに待った結果が出た」 最高裁の決定後、大津市内で会見した原告団事務局長の野田清司さん(61)は吉報に言葉を弾ませた。
「国はダムが常にいっぱいでないと、すぐに水不足と言うが、実際には永源寺ダムだけでも農業用水は十分足りている」と指摘。
「環境を汚し、農家や自治体に負担を強いる第二ダムを造る必要はない。最高裁の決定は当然」と重ねた。
原告弁護団の吉原稔弁護士(67)も「最高裁が慎重に審理した結果、計画が取り消され、非常に喜んでいる」と満足げな表情を浮かべた。
原告の森信一団長(54)は野田さんからの電話で決定を知った。「一審で敗訴した時はもうだめかと思ったが、あきらめずにやってきて良かった」
森団長は二十年前、滋賀県日野町から永源寺町へ。「国の計画はずさん過ぎる」。一審の判決を待たずに亡くなった当初の原告団長、溝上捨生さんの後を引き継いだ。  

全国各地でダムの建設の是非が問われている現状に「行政は、本当にダムが必要なのかどうか、原点に立ち返って考えてほしい」と訴えた。
一方、近畿農政局など行政関係者は「通知書が届いてないため、コメントできない」と、判決の衝撃を隠すように同じ言葉を繰り返した。
ダムは大阪高裁の判決が出る二〇〇五年十二月まで事業が進められ、かかった事業費は二百三億円。うち二十三億円余を滋賀県が出している。
「通知内容と国の対応を見てコメントしたい」と嘉田由紀子知事。
ダム受益地域の自治体でつくる新愛知川地区用水事業推進協議会長の中村功一・東近江市長は「決定を真摯(しんし)に受け止めたい」と述べるにとどまった。

2007年(H19年)10月11日、最高裁が国の上告を退けて判決が確定した。


五十嵐敬喜氏のコメント〜外部リンク

日米ダム撤去委員会 報告書
ダム撤去へ  〜大阪高等裁判所「永源寺第二ダム判決」(平成17年12月8日)を読む〜
2006.3.4 法政大学法学部教授 五十嵐 敬 喜